食べログの口コミに見る人間心理 ―麻薬と性とトラウマと―

フランスの希代の美食家であるブリア・サヴァランは「ふだん何を食べているのか言ってごらんなさい、そしてあなたがどんな人だか言ってみせましょう」といったそうだ。これは、「ドン・キホーテ」の有名な一文「君の友人を教えなさい、そうすれば君がどういう人間か言ってみせよう」をもじったものであるが、示唆に富んだ文である。その人が何を食べるか(もっと正確に言えば、何を食べないか)によって、その人の育ちや信仰、文化的・民族的背景など様々なことを知ることが出来る。

同様に、口コミもそれを書いた人について多くを物語る。ここで試しに、以下に挙げた食べログの口コミを読んで頂きたい。

  1. バラのクリームにたっぷりのフランボワーズをマカロンとともに。ルバーブのアクセント。コレめっちゃカワイイ(*^_^*) 一目ぼれです☆ バラにフランボワーズにマカロンにピンクときたら、女子にはたまらない~!
  2. ちょっと高めの価格設定やけど、このケーキは素晴らしいの一言やわ。さすがにナンバーワンやなあ。どれもメチャメチャうまいねん。
  3. 上品なぉ味!おぃしぃ!*゚・:。ワァ(・∀・)オ。・:゚*ムースの中にラズベリー。・:+°その下のジャムなに?( ˘•ω•˘ )ωҺat?甘酸っぱくてちょっと苦味もあります(´∀`*)ウフ
  4. 中にジャムというかジュレというかがしのばせてあるのだが、これは薔薇のジャムなのだろうか?何とも言えぬ、甘さと芳香!未知との遭遇というか、驚きのある逸品!

これらの口コミは全て同一のレストランに対して投稿されたものだが、文体がそれぞれ全く異なっており、口コミを投稿した人の性別や年齢、考え方や性格さえも浮き彫りになっている。さらに、多くの人は口コミに「生の声」を書くため、文章に含まれている比喩や感情は人間の心理を理解する重要な手掛かりとなる。

スタンフォード大学のDan Jurafsky教授Narrative framing of consumer sentiment in online restaurant reviewsという論文で、アメリカの口コミサイトYelpを対象に感情分析を行い、口コミの書き手はどのように自己表現をするかという興味深い研究を報告している。今回は同様の分析を食べログの口コミを対象に行う。

データ

2015年2月の中頃から終わりにかけて、北海道、宮城、埼玉、千葉、東京、神奈川、静岡、愛知、京都、大阪、兵庫、広島、福岡の13の都道府県にあるレストラン、またそれらの店舗に対する口コミ、及びそれらの口コミを投稿したレビュアーに関するデータをクロールした。最終的に338,560人のレビュアーによる529,367店舗に対する 3,145,942件の口コミを取得できた。2015年2月27日時点の食べログには543,186人のレビュアーによる798,615店舗に対する6,203,301件の口コミが掲載されていたので、このデータセットは2015年2月末時点の食べログ全体のおよそ60%のレビュアー、65%の店舗、50%の口コミにあたる。

次の図に、取得したデータの詳細を示した。レビュアーに関する情報はニックネーム、口コミ件数、プロフィールなどを含む。レストランに関しては名前、ジャンル、平均予算などである。口コミからはタイトル、訪問日、点数1、使った金額、おすすめ用途2と口コミの本文を抽出した。ここで留意すべきは、レビュアーのプロフィールには性別、年齢、そして住んでいる都道府県が記載されているこである。ただし、これらの3つの属性はユーザーの設定によって個別に非公開にすることが可能だ。

取得した内容

まず、プロフィールを元にレビュアーの性別別の年齢の分布を見る。性別と年齢の両方を公開しているレビュアーのみを対象にした性別・年齢構成グラフを次の図に示した。女性の方が男性よりも年齢を非公開にする傾向があると思われるのでバイアスが多少かかっているかもしれないが、女性よりも男性のレビュアーの方が若干多く、女性の方が男性よりもやや若いようである。なお、年齢の非公開率は52.4%、性別の非公開率は36.9%であった。また、このグラフは食べログを閲覧するユーザーに関するものではなく、口コミを投稿したレビュアーに関するものであることに注意されたい。

レビュアーの性別・年齢分布

次に、口コミの総合点数の分布を以下の図に示した3。食べログでは昼夜の訪問につきそれぞれ1点から5点まで0.1点刻みで点数を入力できる。各点数が等確率で起これば平均・中央値が3点になるはずだが、実際の点数の分布は左右対称ではなく正に歪んでいることが確認できる。このように「否定的評価は肯定的な評価に比べて集まりにくい」現象を心理学ではポリアンナ効果と呼ぶ。

口コミの点数分布

レストランで使用した金額の分布を見る。昼の口コミの多くは2,000円未満だが、夜の場合には幅広い分布を示している。数は少ないが、ランチで3万円以上を使ったケースもいくつかあった。ミシュラン三ツ星の高級レストランでさえランチは大抵1~2万円台で済むので、それらの口コミを半信半疑で調べたところ、やはり多くの場合は高級旅館、もしくは昼と夜の利用の明らかな入力間違いであった。しかし、中には食べログのベストレストラン2014のNo.1に選ばれた松川や、京都 吉兆 嵐山本店京味など有名和食料理店を中心に3万円台のランチを出す店舗も実際に確認できた。

使用した金額の分布

高評価・低評価の口コミに関連する単語

次に、高評価と低評価の口コミを特徴付けている単語を調べる。 全口コミに含まれている各単語に対し、1つ星の口コミ、5つ星の口コミ、 また全ての口コミに含まれている回数を計算し、ディリクレ事前分布を用いたログオッズ比を使用する。 これによって得られた1つ星と5つ星の口コミに強く関連している単語を次の表にまとめた。 各分類毎の単語群はログオッズ比によって順番付けされている。

5つ星の口コミに関連する単語
分類
感想 最高 素晴らしい  感動 幸せ 素敵 満足 大好き オススメ 完璧
接客 シェフ 大将 マスター 気さく 丁寧 オーナー 人柄 店主
絶品 美味しい 絶妙 おいしい うまい 美味い 旨い
料理 料理 酒 コース ワイン フォアグラ トリュフ 産 素材 鱧 食材 鮑 デザート 鮎 ムース 白子 前菜 雲丹 フレンチ
記号 ! - * !! ☆ !!! ♪
その他 本当に とても くれる お 予約 また 必ず ぜひ 絶対 大 通う 是非 くださる いつも とっても 誕生 季節 記念 初めて
1つ星の口コミに関連する単語
分類
感想 悪い 普通 残念 最悪 がっかり ひどい 酷い イマイチ ガッカリ 不愉快
接客 注文 客 分 店員 態度 待つ 遅い 待たす 先客 
まずい 不味い ぬるい 薄い しょっぱい 辛い パサパサ 塩辛い 固い
料理 丼 セット ラーメン 定食 麺 餃子 カレー ランチ うどん そば サラダ カツ ハンバーグ ライス ドリンク
店舗 席 テーブル 店内 
価格 円 <数字>
記号 ? … ??
その他 二度と ない まあ な 感じ ちょっと まぁ 期待 気 もう少し 結構 少ない そこそこ チェーン 全体 空く あまり

低評価の口コミでは「ぬるい」「薄い」「しょっぱい」「パサパサ」「塩辛い」「固い」など「なぜ料理が美味しくないか」という具体的な表現が数多くあるのに対し、高評価の口コミでは「絶品」「美味しい」「旨い」など肯定的だが漠然とした表現が並ぶ。このように、人は肯定的な意見よりも否定的な意見を述べるときの方がより豊富な語彙を用いるとことが知られている。この現象は日本語に限らず数多くの言語において観察されており、Negative differentiationという4。グルメ番組でレポーターが何を食べても決まりきって「うーん、美味しい!」と言うのを聞くたびに「もうちょっとましな言い方はないのか」とうんざりしていたが、 これで少しは納得がいく。

低評価の口コミでは「円」「<数字>」といった単語が関連付いていることから、肯定的な口コミよりも否定的な口コミの方が価格を明記する傾向があるようだ。確かに、「いいお酒をがんがん飲んだのでひとり7000円ほどになりましたが、本当に驚きのコスパです。」といった口コミよりも「1200円もするラーメンなのに味は600円くらいのものでした。ちょっとがっかり。」といった口コミの方がより頻繁に見られる。

また、高評価の口コミでは店舗関係者のことを「大将」「マスター」「オーナー」「店主」などの親しみのこもった呼び方をするが、低評価の口コミでは「店員」と呼ぶのも興味深い。敬称無しの「店員」という言葉は相手をどことなく見下した感じがして以前からあまり好きではなかったが、低評価の口コミに強く関連付いたことから、同じように感じている人が案外多くいるのかもしれない。

女性・男性の口コミに関連する単語

同様に、女性と男性の口コミを特徴付けている単語を調べる。

女性の口コミに関連する単語
分類
おいしい 美味しい
料理 パン ケーキ デザート パスタ パンケーキ クリーム サラダ ドリンク 紅茶 チーズ 前菜 生地 チョコ ピザ アイス コーヒー フルーツ タルト
名詞 私 友達 夫 旦那 女子 わたし 友人 母 あたし 
記号 ♪ ☆ ♡ !! ! ★
価格 (該当なし)
その他 とっても ので ランチ 素敵 けど も すごい とても ます いっぱい 〜 大好き 種類 カフェ です 予約 たくさん たち のに 可愛い 好き けれど かわいい 甘い たっぷり お腹
男性の口コミに関連する単語
分類
旨い 美味い うまい
料理 麺 ラーメン チャーシュー そば スープ 丼 醤油 うどん 汁 豚 かつ 定食 めん カツ 骨 蕎麦 メンマ 煮干し 玉子 ストレート
名詞 僕 妻 客 自分 俺 店主 先客 家内 嫁
記号 「 」
価格 <数字> 円
その他 を つけ 無い この 店 訪問 食う 非常 有る やや 屋 盛 大盛り 中華 として しかし 旨味 感じる 的 まあ ある 昼 太 味わい 評価 機 玉 レベル 分 茹でる さて 提供 営業 食券 当然 喰う 二郎 実に 脂

予想通りではあるが、女性の口コミでは「おいしい」、男性の口コミでは「うまい」という表現が使われるようだ。

料理に関して言えば、女性の口コミでは「パスタ」「ピザ」などいわゆるカフェご飯のメニューが並ぶのに対し、男性の口コミでは「麺」「チャーシュー」「スープ」などラーメンに関するものが目立つ。「ラーメン屋は『男性が入る店』」、また「女性はおしゃれなカフェでお茶をしたがる」といったステレオタイプを良くも悪くも後押しする結果となった。

また、女性の口コミでは「友達」「女子」「友人」「たち」といった単語が顕著に現れていることから、「カフェ」にて複数人でランチを食べている姿が想像できる。一方、男性の口コミは主に「僕」「自分」「俺」といった単数形の一人称に関連付いていることから、「営業」の合間などに一人で「ラーメン」店や「定食」店で食事をしている姿が目に浮かぶ。これは、「職業別においては、主婦や会社員が最も多い」という食べログの広告資料とつじつまが合う。

「円」「<数字>」といった価格に関する単語が男性の口コミに強く関連付いた点も面白い。一般的に、男性の方が女性よりもお金についてシビアなのだろうか。それとも、「価格を口コミに明記するのは野暮っぽい」といった理由で女性は金額について触れないのだろうか。

食と麻薬

さて、そろそろ本題に入る。人は食について文章を書くとき、食べ物を中毒性のある物質として、また食事をしている人を依存症の患者として描く傾向があるとJurafsky教授は説明している。例えば、近年流行りの英語表現の一つに”〇〇 is like crack”というものがある。これは、”Their fries are like crack”(あそこのフライドポテトはコカイン並に中毒性がある)のように、食べ物を”crack”(コカイン)に例える際に用いられる。Yelpで”like crack”と検索すると以下のような口コミが大量に見つかる。

Crack

かの有名な森鴎外の長女である森茉莉は先見の明があったようだ。1998年に出版された彼女のエッセイ集「貧乏サヴァラン」では次のように述べられている。

私はだいたいチョコレエトは珈琲、煙草と優に並ぶ、コカイン的な嗜好品、つまり大人の食べものだと、思っている。もちろん私の言うのは、子供の口にしか合わないような甘いのや、クリイム、ウィスキイの匂いをつけた砂糖水なぞの入ったものではなくて、純粋の板チョコの、苦みの強いものである。

アメリカほど麻薬の使用が普及していない日本では麻薬に関する単語を口コミに使うかどうか懐疑的であったが、以下のような例を食べログで見つけることができた。

  • 麻薬
    • たった30分くらいの時間ですが、私には至福の時間です。満足して店を出る。そして100m位歩くと、また食べたくなる。ホンマにこの店、麻薬でも入れてるんと違うか?
    • そもそも、二郎は数字で評価することなどできない類の魅力なわけで、麻薬的とか魔力とかいうものだと思うので、評価なんてできないというのが正しいと思う。
    • 最初食べると、ねっとり感と同時にピリリとした辛さが私を支配する。でもいやらしいからさではなく、美味しい担々麺特有のすっと涼しく消えて行く辛さがたまらない!くせになりずずずーっといくと、また食べたくなる。もう、麻薬に近いくらいの依存性がある。
    • 一度食べたら病みつきになり常連客の中には週3回は来ないと言う方や私のように10日に一遍は行かないと落ち着かない麻薬のようなスープカレーです
  • 中毒
    • もちもちの麺たっぷりの一杯は特徴的な味。良く言えば他には無いのでハマる味。悪く言えば変に味付けし過ぎ。化調たっぷりのスナック菓子みたい。こういうのが中毒になる人たちにはたまらないのでしょう。無性に食べたくなるっていうんでしょうか?たまにはありの一杯と思います。
    • こちらのチャーハンにはまた別の、夢中で食べてしまうような魅力と、また食べたくなってしまうような中毒性を感じます。
    • 中毒性の高そうな台湾まぜそば、近くにあったら定期的に食べたくなっていたと思います。

興味深いことに、麻薬に例えられる食べ物は「ラーメン」「担々麺」「チャーハン」などの安価なB級グルメの品で埋め尽くされている。確かに、「私最近、家系ラーメンに病みつきなんですよ」という表現には違和感を覚えないが、「私最近、フォアグラ中毒なんですよ」という表現は不自然である。

「麻薬に例えられる食べ物は低価格帯の品である」という仮説を確かめるために、口コミ1件あたりに「中毒」「麻薬」「病みつき」「依存症」がどれくらいの頻度で現れるかを、使用した金額5と総合点数を変数とした度数分布を用いて調べる。

麻薬に関連する単語の出現頻度

やはり麻薬に関する単語は主に低価格帯の店舗の口コミに使われる傾向があるようだ。また、上記の口コミ例を見ても分かるように、麻薬に言及する口コミは概して高評価のものでもある。

Yelpの口コミを対象にJurafsky教授が同様の分析を行ったところ、アメリカにおいて麻薬に例えられる食べ物は主にジャンクフードとデザートであったそうだ。このように、麻薬の例えはあらゆる食べ物に対して用いられるわけではなく、甘いもの、脂っこい食べ物、炭水化物などのごく一部の食べ物にのみ適用される。きちんとした食事ではなく、健康に悪く、また比較的安価で、食べると罪悪感を抱くようなものを麻薬に例えることは非常に道理にかなっている。

また興味深いことに、Yelpの口コミでは男性よりも女性の方が食べ物を麻薬に例える傾向が強いとJurafsky教授は報告している。男性よりも女性の方が食に対して強い欲求を感じるのか、それともその欲求を口にする傾向が強いのか、はっきりとした理由は定かではない。女性の場合、「痩せ=美しい」といった誤った観念がいまだに普及しており、肥満に繋がる食品を食べた罪悪感から、「麻薬のように強烈な中毒性があるのだから私が食べても仕方がない。私には非がない。」という正当化をするために麻薬に言及するのかもしれない。

食と性

食と性の関係は古くから指摘されており、宗教、文学、美術、映画、音楽など様々な分野で取り上げられている。例えば、聖書ではリンゴを性や原罪の象徴として描いているという説がある。また、ロシア文学の巨匠、レフ・トルストイは「肉食は色欲のもと」と力説し6、59歳のときに菜食主義者となった。さらに、伊丹十三監督の珠玉の作品タンポポでは食と性に関連するシーンが随所に現れる。中でも役所広司と黒田福美が卵の黄身を口に含み、それを割らずに何回も口移しをしながらキスをする一場面は一度目にしたら忘れられないほど衝撃的である。黒田福美自身、「そうね、あの卵の黄身のシーンは、映画史上に残る名シーンなんかじゃないかと、フフフ、思います。 」と言ったそうだ。また、海女を演じる洞口依子の手のひらから役所広司が生牡蠣を食べる海辺のシーンも、卵のシーンに負けず劣らず官能に満ちていて印象的である。

広告を例にとれば、柴咲コウが出演しているハーゲンダッツの「キスより、濃厚」CMや、放送当時に物議を醸したグリコ乳業のドロリッチのCMが記憶に新しい。

最近のJ-POPでは一青窈の「他人の関係」のカバーのPVがフードフェティシズム満載で見ているだけでお腹が空いてくる。

また、食事の写真をFacebookやTwitterにアップロードする人がいるが、このように食欲をそそる料理や食べ物の画像をフードポルノと呼ぶ7。例えば、 Twitterには#foodpornというハッシュタグがある。似たように、Instagramにはsushipornという寿司の写真のみを収集したアカウントがある。

さらに、晩婚化・少子化のニュースではほぼ必ずといっていいほど「草食系男子」という言葉が使われる。味覚や食感を表す言葉に関しても、「なめらか」「しっとり」「トロッと」などの擬態語や、「口どけ」「超濃厚」など性を暗示させるものにはきりがない。

食べログに掲載されていた性と関わり合いを持つ口コミの具体例を以下に挙げる。

  • 官能的
    • 繊維質のほどけ具合と口の中で柔らかく反発する官能的な食感は唯一無二です。
    • 脂乗りが良くむっちりとした食感で官能的
    • 舌から脳幹に押し寄せる官能の波に、思わず眼を閉じる。
    • 料理って五感に訴える科学だなぁ。人によってはこの感覚、官能的というんだろう。
    • 一瞬、フォアグラかと思うほど濃厚な香りが口に広がり目を閉じて顔を上に向け「あ~美味い」とつぶやいてしまった。美味しい食べ物って、官能的なんだな~と改めて実感。
    • やや男性的なはっきりした甘みの「ばふんうに」。どちらかというと女性的なしっとり上品な甘みの「むらさきうに」。その官能的ともいえる味わいについうっとりしてしまいます。
  • 肉感的
    • 確かにステーキには魅力的な大きさと厚みと肉汁に品がある。そこに女性的で肉感的な存在感がある。
    • メインの山鳩のローストは、ささみ、胸肉、腿肉です。引き締まった胸肉から滲み出る味わいも素敵ですが、ここはささみの肉感的な柔らかさに惹かれました。ちょっと艶っぽい味わいが何とも言えず素敵です。また、骨付きの腿肉も美味。手で持って骨の回りの肉をこそげとると、野性味のあるしっかりした旨味が口の中に広がります。
  • セクシー
    • 軽くローストしてあって、ほぼレアに近い食感です。びっくりするほど柔らかい。血を食べているような感覚なんだけど、全然臭みはなく、とてもセクシーな味。友達以上恋人未満の関係の男女が、これを食べたら一気に恋人になりそうな味。
    • セクシーなピンク色の身はしっかりと歯ごたえがあるのに、とろけます。
    • おにく、とってもジューシー。端に控えめについた脂身がこれまたセクシー。私は普段はヒレ派なんですが、このロースはいけます。
  • 艶やか
    • ご主人が打つ、しっかりとした本格蕎麦の艶めいた褐色のイメージ、そして女将が醸し出す、柔らかくて優しい桃色のイメージが混ざり合い、独特の綺麗な淡色を放つような・・・

「やや男性的なはっきりした甘みの『ばふんうに』…」や「友達以上恋人未満の関係の男女が…」など、斬新な表現が目立つ。先ほどグルメレポーターの貧弱な感想を嘆いたが、このように風変わりな表現を出来る食べログレビュアーがグルメレポーターになったとしたら、グルメ番組もさぞかし面白くなることだろう。

性に関する単語を用いるときには麻薬のときとは打って変わって、「フォアグラ」、「うに」、「山鳩」など高価な食材が対象になるようだ。 そこで先ほどと同様に、口コミ1件あたりに「官能」「セクシー」「肉感的」という単語が使用金額と総合点数別にどれくらいの頻度で現れるかを調べる。

性に関連する単語の出現頻度

麻薬のときと同様に、性に関連する単語に言及する口コミは高評価のものが多いが、先ほどとは違い、性に関連する単語は主に高価格帯の店舗の口コミに使われる傾向があるようだ。

なぜこのように書き手は性に関する単語を使うのだろうか。レビュアーは性的表現を用いることにより「私は食の快楽主義的な側面にも通じている美食家である」という主張をしているのではないかとJurafsky教授は推測している。彼らは澁澤龍彦の「快楽主義の哲学」をこぞって愛読しているのかもしれない。

日本人としては嘆かわしいことに、Yelpの口コミでは性に関連する単語は主にデザートと寿司に対して用いられるとJurafsky教授は報告している。アメリカのお寿司屋では”foreplay roll”, “sweet temptation roll”, “orgasmic spicy tuna roll”, “sexy lady roll”など、名前を聞いただけでは何の寿司やら想像もつかないような料理名がメニューに並ぶことがある。

Sexy Roll

セクシーな寿司というのは日本人の感覚からすると不思議な感じがするが、なぜアメリカでは寿司と性が結び付けられる傾向があるのだろうか。アメリカ人の友人に尋ねたところ、以下のような答えが返ってきた。

  • お寿司屋は主にデートで行くことがほとんどだから。
  • お寿司屋以外で(生命力を喚起させる)生ものを食べることはないから。
  • 「Sexy Sushi」というフレーズの語感の良さから。頭韻を踏んでいて、なおかつ音節の数も一致している。だからであろうか、Sexy Sushiという名前のフランスのエレクトロクラッシュバンドさえいるようだ。

カリフォルニアロールとは違い、”orgasmic spicy tuna roll”が日本に逆輸入される日は、おそらく来ないだろう。

口コミとトラウマ

1つ星の口コミを眺めていて気づくことの1つは、肝心の料理よりもサービスに関する苦情を書く人の多さである。例えば、以下のような口コミがすぐに見つかる。

  • 40分近く待たされた挙句(中略) やっとカウンターの席に座れるも、メニューが無いので周りの人が食べているものを見て「こちらの美味しそうなのはなんですか?」と店員に尋ねてから、「じゃ、これ下さい」と注文するも何品か「今日はもう終わりです」と言われたものがあった。 ところが、後から来た常連が注文すると、私達には「ない」と言った料理がすぐに出てきていた。(中略) 料理はそこそこ美味しいものの、こんな感じの悪いお店どうしたら常連になるだろうか? なんとなく、わざと差別化して常連客に優越感を与えているようにしか見えないんですけど・・・。(中略) その後こちらの店が雑誌やテレビで取上げられるたびに「何でこんな店が・・・」と腹が立ってくる。 絶対に二度と行かないお店の1つだ。
  • どれもこれも、来るのが遅い 飲み物、ビールでさえ注文してから来るのに30分 食べている時間よりも、待っている時間のほうが断然長かったです。(中略)コースを頂いている間に『まだですか?』と何回聞いた事か(中略)隣の席のカップルは、私達よりも後に来て、先に帰ったから もしかすると、私達の座敷のみ相手にされてなかったのかも (そう考えるともっとムカツク) 料理は1個1個すごくおいしいのに、ホールスタッフの対応で とてもがっかりなお店でした。 あの金額を払っては行く気持ちになならないお店でした。
  • 私たちが通された2階は、私たちも含め4組 17名程だったと思います。(中略)荷物を置く余裕のない席の狭さ。(中略)取れる客はとことんとるというかんじでしょうか。 私たちは、夕方7時から食事を希望していたのですが お店の戦略?により、6時にさせられ、8時に退席を求められました。(中略) 料理や会話を楽しむ余裕すらなく、出てきた料理を 機械的に流し込む作業をしました!という感じです。 お見送りの時の配膳係りの方の達成感に満ちた 満面の笑が、私たちにはしらけた雰囲気が流れていました。 (中略)自動ドアと思いきや、手動で戸を閉めなければ いけなかったらしい。お店の人が、私たちをにらみ、「チッ」と舌打ちをして 閉め忘れた戸を閉める。

低評価の口コミなので当然ながら否定的な意見が目立つが、「私達」といった一人称複数代名詞が数多く使用される現象も興味深い。まるで自分達を被害者に見立てて、「私達」と「店員」という対立の構図を描いているかのようである。Jurafsky教授によると、このような他者に対する否定的な意見と一人称複数代名詞の頻繁な使用は、心的外傷を受けた人が書く手記の特徴と一致するそうだ。レビュアーはいわば軽度のトラウマを負った状態にあり、筆記療法として口コミに感情や思いを書きなぐることにより心を整理していると推測できる。

確認のため、口コミ1件あたりに「私達」「私たち」という単語が使用金額と総合点数別にどれくらいの頻度で現れるかを調べる。

一人称複数代名詞の出現頻度

やはり一人称複数代名詞は低評価の口コミと関連しているようだ。

終わりに

食べログの口コミを題材に、食にまつわる人間心理について検討してきた。高評価の口コミは食べ物の中毒性や官能性を描写する傾向があり、低評価の口コミはトラウマに対する筆記療法の一種である可能性を示した。Jurafsky教授の先行論文ではアメリカのYelpのみを対象としていたが、日本の食べログでも同様の結果が示されたことから、これらの特徴はアメリカ人と英語に特有のものではなく、より普遍的な特質であると考えられる。

なお、今回使用した食べログのクローラーのソースコードはGitHubに公開してある。bon appétit!

参考文献


  1. 「総合」「料理・味」「サービス」「雰囲気」「CP」「酒・ドリンク」の6種類 [return]
  2. 「友人・同僚と」「デート」「接待」「宴会・飲み会」「家族・子供と」「一人で」の5種類の複数選択可 [return]
  3. ヒストグラムのビンの幅には左閉右開区間を用いた。すなわち、ビンの区間は [1, 1.5)、 [1.5, 2)、[2, 2.5)、[2.5, 3)、[3, 3.5)、[3.5, 4)、[4, 4.5)、[4.5, 5]である。最後の区間のみ閉区間であることに注意されたい。 [return]
  4. 「ポリアンナ効果と矛盾しているのではないか」と思われるかもしれないので注釈を加える。ポリアンナ効果はマクロ的視点に立って口コミを見た時に肯定的な評価の総数が否定的な評価の総数よりも多いことを指す。一方、Negativity Biasは否定的な感情を表す単語が肯定的な感情を表すものよりも多種多様に存在することを指す。 [return]
  5. ¥: ~999円、¥¥: 1,000円~2,999円、¥¥¥: 3,000円~4,999円、¥¥¥¥: 5,000円~ [return]
  6. トルストイは”(Eating animals) serves only to develop animal feelings, to excite lust, to promote fornication and drunkenness”と書いている。 [return]
  7. 特に欧米において。日本では「飯テロ」とも呼ばれる。性風俗産業が盛んで、テロに比較的疎遠な日本で「飯テロ」といい、性風俗産業が盛んでなく、テロに縁がある米国で「フードポルノ」というのも皮肉だ。 [return]